神の愛人 4
 子供のように泣いた事を、誰も責めはしない。けれど顔をあわせるのが気まずいと知っているのか、神は朝食時に食堂には来なかった。
 時間としてはもうすぐお昼だけど、気にしない。
 で、だ。
「なにしてんの?」
「いや……」
 黒焦げになったはずの男が、隅っこにいる。いつも神と二人きりだから、他に人がいると目だって仕方ない。
 給仕はいないのか、部屋に入るといつも湯気の立つ料理が置いてある。
「私の事を笑いに来たの?」
「違う」
「じゃぁ。なんで」
 鋭く射抜くような視線で、価値を定められた事は記憶にある。そして、その結果が不合格である事も、知っている。
 だけど神が何も言わせないから、いられるんだ。
 守られている。私の居場所を奪った男に。私が望んだままに腕を振るった、神様に。
 馬鹿みたい。
「お前は、私の話を聞く気があるのか?」
「ない」
「……」
 沈黙した。いただきまーすと、食事に手をつける。
 焼き立てなのか暖かいパンにバターを、コーンのスープにスクランブルエッグ、ソーセージ。サラダ。
「……そういえば、私に何か用でもあったの?」
「今更か……」
 ヨーグルトに、フルーツ。ミルク。
「……あの方は私達のすべてだ」
「それで?」
 コーンスープおかわり。
「あの方が望むなら、それでいいと思っていた。だが、お前は人間だ。一人では生きて行けず、住むべき大地を汚し、同族を滅ぼす。最低な生き物だ」
 トマトおいしい。
「……それで?」
 否定できない。同族は殺してないけど。
「そんな不完全な生き物が――なぜあの方の傍にいられる」
「私に聞かないでよ」
「一緒に滅べばよかっただろう!」
 私をかろうじて支えていた細い糸が、切れた。
「ぅぁあああああーーーー!!!」
 食事用のナイフを、手首に突き立てた。
「なっ!?」
 鈍い痛みに呻いて、浅い傷口に向かってさらに腕を振り上げる。
 怖いくらい白で統一された空間に広がる赤――そのむせ返るほど蠱惑的な香り。
 ――ぁあ、まだ生きているんだと、実感する。
 どうして、生きているんだろうと、自問する。
 それは、私が、世界なんて――と、願ったから。

 ワタシガ、ソウネガッタカラ。

 血まみれのピエロの仮面が見える。それをずらした時現れたのは、楽しそうに笑う私の顔で。
「ぃやぁぁぁぁあああーーーー!」
 もう、限界なんだ。


「ルシフェシル、殺されたいか」
「……っ」
 限界を迎えたのか倒れこむ姿を支えようと手を伸ばして、その手に槍が突き刺さっていた。床に縫い付けられるように倒れこみ、体をしたたかに打ち付けられた。
 そして、その槍をさらに深く突き刺そうと、現れた神の足が踏みつける。
 しかし、その体は震えていた。抱きしめた人間の治療は終わったのか、その腕から赤は滴っていない。
 目覚めない。
「何を言った」
「……なぜ、すべてを滅ぼさなかったのですか」
「それを望んだからだ」
「そんなに弱い存在に、心を止める必要はなかったのでは!」
「お前には関係ない」
「なぜです!」
「地上に落ちたいか。その羽をもぎ取って」
 本気、だった。


「神様!」
「どけ」
「神様!!?」
「邪魔をするな」
 言葉が、重圧となって降り注ぐ。花々と木々は怒りに触れ、姿を枯らす。
「か……み……」
 天上界が、揺れた。


 大好きだった。家族が、友達が、海が、山が、動物が、建物が、世界が。
 でも、否定した。
 あの一瞬。
 そして、すべてを失った。
 後悔も、謝罪も、聞き入れられない。受け止められない。跳ね返ってくる自分は、重圧に押しつぶされそうなほど、弱くて。
「……神……?」
 寝台の上に寝かされていた。周りは薄暗く、けれど静かにほほ笑む神の顔だけはよく見える。
 どうして、そんなに、儚く、悲しそうなの?
「七海」
 伸びて来た白い腕が、首筋をなぞった。ゆっくりと、押さえつけるように神が私の上に乗る。
 逃げられない。
 どこか、安心していた。
「七海、死にたいのか?」
 そんなに切なそうに言わないで――だけど、心は正直だった。
「――殺してくれるの?」
 泣き出しそうな神の表情がとても印象的で――

 そして――


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