娘と盗賊が出あった話 始  

 ちょっと長くなるけど、前ふりを話すわね。

 どこからがいいかしら。私はけっこう裕福な家の生まれなのだけど、ある日遠乗りから家に帰ってきてからのことを話すとわかりやすいかも。

「私はお父様と離婚するわ。シンシア、あなたはどうするの?」
「……は?」
 ちなみに、これは母。部屋の扉を潜ったら中の雰囲気はもう最悪。険悪。ダメダメモード。
 さらにいうなら、この母の問には三秒以内に答えなければならなかったみたい。私が質問の言葉を理解して、意味を理解して反応するのに三秒。
「わかった。あなたはここに残るのね。シリア、あなたは?」
 それを見ていた妹は即答で母についていくと言った。

 そして母と妹は家を出て行った。これが始まりかしらね。

「シンシア、来なさい」
 次の日には父は、私を呼んだ。理由は、母より私に近い女性を紹介するため。つまり再婚。私には義母になるのね。まぁ容姿は合格ライン。
 簡略化された結婚式が執り行われて、彼女――名前はいいか。省く。私と父と義母の三人暮らしが始まったわ。
 な〜んか。侍女の噂話だと毎晩毎晩お盛んなことでって感じ。父は実は息子がほしかったのよね。でも母との間にできたのは二人の娘だったから、不満だったみたい。これも離婚の理由の一端かしら。
 それから数ヵ月後には……まぁ当然の成り行きというか。義母はご懐妊。母と父が離婚して一年。義弟が生まれたわ。

 それからひどくなったのよね〜
 父は義母に甘々で、義母は父の財産を食い尽くす害虫みたいだったわ。でもさすがにね。お金だって限りはあるのよ? だから、一度忠告したんだけど。
「お義母さま、折り入って申し上げたい事が」
「あら、わたくしに? 何かしらシンシア(・・・・)」
 なんかもう、駄目ね。
「浪費が激しいので、止めていただきたいのですが」
「なっ!? 小娘の分際(ぶんざい)で何を!」
 それからが大変だったわ〜何をまかり間違ったか父に泣きつきに行くし。しかも、言う事が「わたくしは精一杯シンシアさんと仲良くしたいと思っておりましたのに! シンシアさんはわたくしのことがお嫌いなのですわ!」とかなんとか。馬鹿じゃないの?
 ちなみに、父も同じくらい馬鹿だから。あっさりと騙されて私を呼びつけたわ。こってりと怒られて謹慎処分。義母の浪費は止まらない。

 まぁ処分がすむころには家は没落したわ。当然の成り行きね。

 そしたら、信じられる!? 義母は父をそそのかして私を借金の形に売り飛ばしたのよ!?
 目隠しをされて手首を押さえられて、馬車に揺られる事一時間ってとこね。場所的にはちょっとした郊外ね。
 あっさりとでかい屋敷の一角の狭い部屋に押し込まれたわ。部屋にはかろうじて人一人通れるほどの大きさの窓、扉には鍵。そして不釣合いなほどでかい寝台。
 なんかもう、何するか明らかすぎて逃げる気も失せたわ。しかも、部屋の中に男が無言で立っているのよね。逃げられないじゃない。

 夜になって、壁際にいた男が出て行くと、人が一人部屋に入ってきたわ。座る所がないから寝台に座っていたんだけど、もうそのまま押し倒されたし。
 入ってくるときに男が持っていた灯りで見えたんだけど、もう脂ぎったおやじね。父よりひどいわ。すごいぎらぎらした目で服を引き裂くし、息は熱いし臭いし。はじめてはこんなのより若いお兄さんがよかったなとか考えていたのよね。
「……おとなしいね?」
 騒ぐとかわめくとか泣き叫ぶとかそういうのがお好みだったみたい。趣味悪。悪趣味。同じね。
 その気が緩んだ一瞬を狙ったわ。
 ものすごい勢いで足を振り上げて、悶絶している間に蝋燭を立たせる台で頭を殴りつけたわ。それから窓から飛び降りたの。同じのでガラスを叩き割ってね。

 そしてそこから、話が始まるの。




「……ん?」
 勢いよく窓を飛び出したので、地面にぶつかるかと思ったけど、無傷。上を見上げれば自分がいたのは……
「三階? よく飛び降りて無事だったわ自分!」
 最高ね。と、心の中でガッツポーズ。
「――ぉい」
「しっかし、ついているわ〜下にあったのがマットで」
「誰がマットだ。誰が」
「何よ?」
 声が聞こえた。ちょっと、マットがしゃべらないでよ。はたから見たら私が一人でしゃべっている悲しい女みたいじゃない。
「あら?」
 とよくよくみれば、下に敷いているのは男。あんな脂ぎったおやじを見たかとだから、三割り増しでよく見えるわね。
「何しているのよ?」
「お前がいきなり落ちてきたんだろう!?」
 未だにしりの下に男を敷いたまま、私は考える。つまり、私が落ちた所にこの男がたまたまいたってこと?
「すごい! さすが私!」
「どこがだ、下りろ!」
 いつまでもマットを相手にしてもしかたないので、立ち上がる。
「まったく、なんなんだ」
 男はすっごい不機嫌だった。まぁ関係ないけど。
「ありがとう、私の下にいてくれて」
「……ちょっと待て」
「何よ」
 私の言葉を聞いて、本気で頭を抑えた男が言う。
「あのなあ、俺は、」
「娘が逃げたぞーー!!!」
 あ、ばれた。
「あそこだ! 捕まえろ!」
 窓をのぞきこんで下を見る視線。けっこう多い。
「ちっじゃぁな」
 男が、舌打ちをして私から離れようとする。
「ちょっと待って」
 ぐきっと妙な音がした。それは私が男の三つ編を引っ張ったから。
「……お前」
 男の声が低い。それは置いといて。
「どこに行くのよ? そのままそっちに行っても、娘を逃がすのを手引きした男だと思われて捕まるわよ?」
「はぁ?」
「だって、顔ばっちり見ていたもん」
 そうこうするうちに、いくつもの足音が近づいてくる。
「……くそっなんだってんだ!?」
 男はあわてたように、踵(きびす)を返した。向かったのは森。走り去る男のあとをついていった。
「おいっ?! なんでついて来るんだよ!」
「だって道がわかんないんだもん!」
「偉そうに言うんじゃねぇ迷子!」
「だって勝手に連れてこられたんだもん!!」
「知るか! どうせ借金の形か何かだろうが!? お前が逃げれば両親が迷惑するんじゃねぇのかよ?!」
「ふふっ私を売り飛ばすような親なら、苦しみぬけばいいわ」
「恨みかよ!?」
 これで、私を売って得たお金はびた一文負けずに返金を強制させられるわね。いい気味。くすっ。
 うしろをチラッと見ると、案の定いくつもの灯り。比べて、月灯りもない森を全力で疾走。なれない道を、ほとんど見えない中を、気をぬけば置いていかれそうになるくらい早い男の足を追う。
「きゃぁ!?」
 しかし、お約束的にこけた。ここでこけるってなんなのよ〜自分。別に王道街道走ってきたいわけじゃないのに〜
「なっ?! ――ぁあしょうだねぇなあっ」
 まるで何かをあきらめたように、男は振り返って立ち止まって、頭を抱えた。ここまでが一秒。そしてこけて焦っている私に近づいてきて抱え上げる事二秒。
 合計三秒間で、私は男の腕の中にいた。
「はぁ?」
「黙っていろよ」
 何をという暇もなく、そのまま男は走り出した。早すぎて何がなんだからわからなかったけど、ただ追っ手が遠ざかっていくのは見えた。



「お頭!」
「お頭!!」
 いつの間にか寝ていたらしい。歓喜の声に目を覚ますと、男と目があった。あっさりと無視して周りを見れば、幾人もの男達が現れてくるところだった。
「ぎゃぁ!?」
 そこまで見たら、突然、落ちた。頭は打たなかったものの、腰を強打。
「いったー何するのよ!?」
「うるせぇ! 人の腕の中でぐーすか寝こけやがって! 何様だお前!?」
 そういえば、この人私を抱えたまま走っていたんだっけ。
「ありがとうございました」
「は!?」
 お礼を言ったら妙な顔で聞き返された。かっちーん。原点一。
「……お頭?」
「ききキっキース……」
 さてそこに、澄んだ声がした。声は澄んでいるのにどこかしら冷たい冷気を感じる。
「いったい、なんなのですか? 屋敷で金品を盗み出す話がなんだってこんな娘を連れてくる話なったか説明してもらおうか? それとも何か? 今度はこの娘に乗り換えるのか?」
「誰が、こんなガキに」
 ぴきっ餓鬼って言ったわね。原点三。
「成り行きだよ。あ〜もう。なんなんだお前」
 何といわれてもしょうがない。よくよく回りを見れば、物珍しげな視線ばかりだった。
 とりあえずこいつらが盗賊団なんだってことはよくわかった。
「はーーひとまずお茶にしましょう。話はそれからで」
 殺気で水を凍らせる勢いだった男が、言った。でもそのお茶が出てくる前に、寝た。眠かったから。



「本当に趣味じゃないんですね?」
「しつこいぞ!!」
 騒がしい声に、眠りが妨げられた。むっくりと起き上がると、目の前であの二人が言い争っている。周りの者が苦笑いでいるだけなので、たぶんこの二人が長に近いのだろう。一人はお頭だったか。
 もしやあれから寝ないで言い争っていたのだとしたら、暇人だな〜とかぼけっと考えていた。すると、一人がこっちに気がついた。
「ぁあ。おきましたか」
 頷いた。
「とりあえず着替えたらどうですか? 女物の服は余っていますから」
 そういえば昨日のままで、暗いうちは気にも留めなかったがけっこう問題のある格好だった。



 案内されたのはどこか、そう部屋の一角。物置ね。いくつもの洋服棚が並んでいて、端の割れた鏡と、櫛(くし)とか、埃(ほこり)被(かぶ)ったよくわからないものとか。
「どれでも、好きなのをどうぞ」
「どうも」
 って、多いわね。しかも男はそのままうしろにいるし。こっち見てないにしてもね。ようは相手にもされてないのね。いいんだか悪いんだか。
「こんなにあってもねぇ〜」
「お気になさらず」
 全部盗品かしら?
「潜入する時に使うの?」
「ぇえまあ――え?」
 あっさりと男が頷いて、振り返った。目があったので手元の櫛を投げつけた。
 私、着替え中。



「なんだ。まぁましになったな」
 やっぱりかっちーん。原点二十一。
「はいどうぞ」
「どうも……」
 出されたのはお茶。お菓子。しかし、飲んでいいものか。
「心配するな、毒は入れていない」
「他のものは?」
「他?」
「というか、どうしてお茶を入れてもらえるのかしら?」
「お前が、図々しく寝こけるからだろう!?」
 そうだ、寝たんだった。よく寝ていたわ〜夢も見ないほどに。
「とにかく、それを飲んだら帰れ」
「帰れ?」
「ぁあ」
 勢いよく、お茶を飲み干してお菓子をつまんだ。

 さて、どこに帰ろうかしらね。



娘と盗賊が出あった話 終

Free Will