娘と盗賊が出あった話 終  

「あれ? あの娘は?」
「帰した」
「伺いますが、一人で?」
「それ以外何がある」
「この森を一人で? 町まで案内もせずに?」
「どうにかなるだろう」
「ここまで売られてやってきた娘に、道がわかると?」
「あのなぁキース。何が言いたいんだ」
「いえ、ひどいなぁと非難しているのですが?」
「だから、なぁ。連れてくればなんで連れてきたのかと言う。帰せば帰したのに非難される。どうしろと言うんだよ」
「お頭、話はわかりましたが、成り行きでも連れてきた娘をそのまま放置とはいかがなものでしょうか? 数日後に若い娘の食べ残し(・・・・)が見つかったら、それこそ夢見が悪いので」
「………わかったよ」
「そうそう。報告だと細身の影が南に向かったそうですよ」
「南!?」
 南にいけば、町とは反対方向だ。
「なんなんだ? いったい」
「さぁ?」
 頭と呼ばれる男は、この一番信頼の置ける友人をにらみつけた。



 とりあえず、太陽のあるほうに向かってみた。別に家に帰りたいとも思わないし。どうしたものかしらね。
「迷った」
 ん? もとから迷子だったわね。さらに迷ったってことかしら。う〜ん。困ったものね。
 よいしょっと、倒れている木を乗り越える。すると視界の端に、光の反射が見えた。



「まったく」
 なんなんだ。しかたなく拾っただけだと言うのに、連れて帰れば非難され、追い返せば非難され。どうしろと言うのだ。
 しかし、そういえば借金の形に売られたと自分で言っていた。家に帰れというのは、酷だったのか? って、俺がそこまで考えてやる必要もない。しかも南に向かうって何事だ? 方向もわからないのか。
 まさか肉食の動物に、食べられやしないだろうが。確かに明日にでも肉食獣の食べかすの中にあの娘の服の切れ端でもあったら目覚めは悪い。最悪だ。
パシャン!
 とそこに、水音が聞こえた。
「水?」
 そういえばこの先には、泉があった。
「!!?」
 そう思って先に進んで、絶句してしまった。
 水の中に娘は立っていた。何を間違ったのか、溢れる涙をその光の元にさらしていた。
 やはり、家に帰れといったことにひどく傷ついたのだろうか? 男は驚いた。

 しかし、実はシンシアの心中は違ったのである。
 泣いていたのは、泉の水が気持ちよくて泳いでいたら、藻が目に入ってしまったからなのだ。そして丁度男が泉を覗き込んだとき、シンシアはこれからの事を考えていた。そう、仮に無事に家に帰る事ができたなら、どうやって義母を苦しめてやるか、それだけを。
 いっそ、あの義弟を取り込んでしまおうかしら?
 シンシアの中で、盛大な復讐劇が繰り広げられていた。



 さて、二人の問題ある食い違いはさておいて、男はめずらしくも失態を犯す。簡単なことだ、足下になぜかある小枝を踏んで音を立てるんだ。わぁありきたり。
「何?」
 何しに来たのかしら? この男。
「いや……町に行くんだろう?」
「町?」
 そうだ、一度町に行ってまずは住居と、資金を確保しなくちゃ。数年は幸せをかみ締めて、それから地獄に叩き落さなくちゃね。お義母様。ふふふふふ……。
「そうよ。まずは職に就かなくちゃ」
「で、なんでここにいる?」
「迷子だもん」
 何か問題があるとでも?



「何してらっしゃるので?」
「知らん」
「ずぶぬれ〜」
 なんだか知らないけど、着替えろって言うから、帰ってきた。またも同じ部屋に行って、着替える。そうこうするうちに馬が準備されていた。
「っは〜」
 乗りたい。わくわく。
「行くぞ」
 と、ひょいと抱え上げられて馬上に。つまんないーー!
 馬に乗って揺られる事数分? あっという間に町に着いた。それなりに大きな町だった。ここは知っている。確か。
「ヴァル?」
「へぇ。迷子でも町の名前は知っているのか」
 何よそれ。それくらい知っているわよ。原点一。
「さて、じゃぁな」
 と、またもつかんで放り投げられた。
「ちょっと!」
「いつまで引っ付いてくる気だ? じゃぁな」
 男は、あっさりと馬を走らせて町の中に向かっていった。



「う〜ん。どうするか」
 まずは、噴水の端に座って町並みを眺める。って、そんな悠長なことしてられないわ。宿も何もないんだから! どこか求人!
「すみません。表の張り紙を……」
「はりがみ……」
「あそこの……」

 そして数時間後――

「なんなの!?」
 この町私に優しくないわ! ってばかげた事を言っている場合じゃないわ。お店の求人はことごとく断れるなんて! 何よ! 童顔なのは自覚しているわよ確かに! でも働けるんだから! たぶん。
 うう……どこかに住み込みのいい求人ないかしら?

 太陽が輝いていて、日差しが厳しい。朝から歩き通しで、暑い。目の前に手をかざして、眩しさから目を庇(かば)う。

「どーしましょう」
 ほんとに。
「おなかすいたー」
 お昼〜朝ごはん〜
ガッシャーン!
 何!? ここでタイミングよく派手な音!? これは何か、困っている人がいるはず! 助けて取り込めばっ!? 見返りが!? せめてお昼ごはん!!
 不純な動機を抱えつつ、派手に窓ガラスが割れているお店を見つける。ナーイス! 食堂!

 さて、中の騒ぎはこんな感じだった。
「なんだって? ぇえ!?」
「だから、お前さんらは合計で十二杯飲んだだろう?」
「そんなに飲んでねぇよ。なぁ」
 そして今度は、テーブルの上のグラスが割れる。
「ぇえ。五杯ぐらいだろう」
 テーブルの下にグラスを投げつけた男が言う。
「そういうわけだ」
「どんなわけだい! きっちり払いな!」
「はぁ? この婦人は耳が遠いようだ」
「よく、聞こえるようにしてあげるといいぜ」
 と、男達は拳を振り上げた。と、そこにかっこよく登場する私。
「待ちなさい私のお昼ごはん!」
「「「……は?」」」
 セリフは聞き流せ!
「なんだ?」
「ばいばい!」
 そして、あっという間……には無理だったけど。頑張って放り出したわよ。ちゃんと財布すって。
「はい」
 ここぞとばかりに笑顔の私。
「はぁ。でもこれは多いね」
「お昼ごはん!」
「おなか空いていたのかい?」
 老婦人は、呆れているのか、びっくりしてついていけないのか。後者?
「うん」
 おなか空いた。何か本末転倒ぎみ?



「ごちそうさまー!」
「はいはい。でもお嬢さんは、どうしてここに?」
「働き口を探しているんです!」
「働く? 若いのに熱心だね」
「ぇえ! 住み込みの所で!」
「……住み込み? 家族の人は?」
「いろいろあって、追い出された? というか、置いてきました!」
 まさか売られてきたともいえないわよね。さすがに。
「へぇ……?」
 やっぱり、老婦人は話についていけていなかった。
「このままじゃ……今日止まる所もないんです……」
「そうなのかい!?」
「はい」
 ぁあ〜こんな所でおかわりしている場合じゃなかったかも。
「なら、ここで働くかい? 部屋は余っているし」
「本当ですか?!」
 よっし、狙い通り。表に張り紙あったしね。
「明日から働いてもらうよ」
「は〜い!」



 それから、数週間。

 さて、この町でも人々が家に帰り寝静まる頃に、栄える一角がある。
 広い館の中灯りを落とした部屋。広い寝台に一組の男女がいた。女はまるで蛇のように、男に絡み付いていた。
「最近、なかなかこないんですもの」
「悪かった」
「お忙しいの?」
「そうじゃない」
「そう」
 くすくすともれる笑い声。甘く怪しく香りを浮かばせる香炉。しかし、数分後にその雰囲気はぶち壊される。
 盛大な破壊音に、一瞬気がそがれる。しかし、気に止めなかった。――少し前に聞いた声が聞こえてくる前までは。
「……なんの音だ?」
「―――さぁ?」
 女は、口の端を上げて笑った。そんなのどうでもいいじゃないのと、言う言葉を遮る破壊音。さすがに、女も眉をひそめた。
「下は、新人の部屋よ」
「新人?」
「ぇえ。一昨日売られてきたの」
「それはまた――……」
 かすかに聞こえてきたのは、数週間前に聞いた高い声。
「長い、髪の女か?」
「長かったわ。茶色い髪に、黄金の瞳のお嬢さんよ」
「………」
「どこへ?」
「またな」
「ぇえ!!?」



 悔しかった。ただ悔しかった。
「なっ?! なんだ!?」
「シアン!?」
 目の前の男と、入ってきた経営者の声が重なる。すでに部屋のガラスは粉々。テーブルと椅子は見るも無残。シアン(それ)は、私の名前じゃない!
 とりあえず手元にあるものを投げつけて、肩で息をする。
 誰が! どうして!!
「おい?」
「何よ!」
「何してんだよ?」
「うるさい!」
「職を見つけるって、これか?」
「うるさい!! うるさいっ」
 騙された! また……“また?”、売られた――?
「うわぁぁあ〜〜ん!」
「「「!!?」」」
 声の限り、泣いた。
「女の癇癪(かんしゃく)か?」
 ついていけないと言いたげな、男三人。
「うわぁーー!!」
「ぁあ〜しょうがねぇな」
 子どもをあやすんじゃねぇのに。さっきまで友にいた女が、うしろからやってきて覗き込んでいる。つけとけと言って、泣きじゃくる娘を連れて店を出た。

 まさか、騙されていたなんて。あの店は、歓楽街に売りつけられそうな娘を雇って、売りつけていたなんて。



「お頭? なんですかそれ」
 抱えていたのは、シーツに包んだ物体。
「………」
「お頭?」
 声が低い。
「あーくそっ」
 何で連れてきちまったんだ?
「この前の娘ですね」
「ああ」
「やっぱり、そっちの趣味」
「おい」
 誰がこんな子どもを相手にするとでも?



 ぴちちと、穏やかな鳥の声。柔らかい光。
「あれ?」
「おきましたか?」
 またも頷いた。完璧にデジャブ。遠くに見えるのは、頭を抱えているあの男。
「着替えますか」
 そして、またまた自分の格好はひどかった。けっこう綺麗な服だったのに。まぁ焼き捨てるつもりだったからいいけど。
 で、だ。
「何これ」
 別の部屋に案内されて、目の前の椅子に座れといわれる。
「食事だが?」
 それにしか見えないけど。
「なんでよ」
「……とりあえず、食事と寝る場所はある」
「だから何?」
「しょうがねぇから、とりあえずは面倒見てやるって言ってんだよ!」
 どうせまた、追い出しても非難され、この娘が問題を起こしていれば連れて帰ってきそうだ。二度も売られたといって、泣いていた姿が頭から離れないから。
「意味がわかんない」
「こっちだってお前みたいなのは願い下げだよ!」



おわっちゃぇ


Free Will

娘と盗賊が出あった話 始