Short Selection 2010
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勢いで書き出すも、続かなくなった or 完結作品。超ショートからいろいろ。
i n d e x
ねぇ

 ――ねぇ、

 彼女は、あの灰色の空の下。音もなく降り立った。まるで、背に翼があるかのようにふわりと、まるで、この世の生き物でないかのように静かに。
 その、紫色の瞳が、僕を見つめる。

 ――悲しい時に、泣いてる?

 問いかけに、そんなこと、当たり前だろうと答えた。そんなことは当たり前だ、少なくとも世間的には。

 ――うれしい時に、喜んでる?

 この質問は、少なくとも僕を驚かせるには、十分だった。



 あれから、数日。日本史の授業を受けながら先日の席替えで窓際の席になったことを悔やむ気持ちだった。
 あれから、彼女を見ていない。
 いや、見ようとしていない。
 彼女は、いる。
 あの、電柱の上。
 僕が家から出ると必ず、後ろからついて来る。
 そして、あの紫色の瞳が僕を見つめている。だから、僕は思い出す。彼女の問いかけを。軽く、甘く、どこまでも澄み渡るような、あの声を。
 問いかけ、思い出す。頭の奥に、浮かぶのは、彼女の問いかけに対する答え。

 あの日は、雨が降っていた。僕の家では犬は飼えない。だからだ、だから橋の下に住み着いた野良犬が友達になったのも、その犬が車に引かれていたのも。
 ひどい雨だった。僕は傘を忘れてしまったことも忘れていた。緋色が水に溶けて流れていく様を瞳に映していた。
 あの時、僕は泣いた?

 そして次に、景色が変化する。思い出すのは、高校受験の合格発表の日。
 僕は見上げていた、あの掲示板を。
 確信していたわけでもなく、あきらめていたわけでもない。ただ淡々と数字を追っていた。
 自分の番号をしばらく見つめて、周りの様子を眺めた。
 抱き合って泣くもの達、喜びに笑うもの達、語り合う仲間、交わされる言葉。
 僕には不思議だった、自分の実力が公平に評価されているのに何を喜び、何を泣くのかと。しかも、自分の番号があるにも関わらず。
 あの時、僕の心は決まっていた。

「沢渡!」
 はっと現実に引き戻される。少女はいまだあの場所にいる。そこが定位置と言うように立っている。それを見送って、教壇を振り返る。どうやら、僕が当てられている。
 あわてることも、ない。


 帰りはいつも通り曇りで、薄暗い。雨が降るとも、晴れるともわからない曇り空。
 ただ静かに、校舎と言う傘から出て道を歩く。
 僕を覆い隠す物は学生と言う身分しかなく、僕を守るものも学生と言う身分。
 いや違う。僕を覆い隠すのは僕で、僕を守ることができるのも僕だけだ。


 ――ねぇ
 あの鈴のような声がよみがえる。思い出すのは、母の葬式。密やかに流れる、伯母や親類の心無い言葉。逃げるように転勤した父。
 両親は、少なくともいい夫婦だった。よい親だったかはわからないけど。




 僕らは歩いていく。僕が望んだままに変えられる、未来に向かって。
 

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