シルフィールの導きで
<1>

「……ローレル?」
 呆然と呟いた言葉。
 固い顔をしていた彼の顔がほころんだ。それは、かつての顔とよく似ていて、やっぱり同一人物なのだと思った。
「ローリエ」
 重く厚い紺色のマントを羽織り、頭に王冠を載せて、王杓を持って玉座に座る彼は――私の知っている人なのだと。

 事の起こりは数日前で――

「ローリエ=ヴァルジュだな」
「違います」
 そう言って家の扉を閉じた。だって、おかしいでしょう。こんな田舎の片隅の森の外れまで名指しでやってくる人間なんて、ろくなもんじゃない。
 世の中はよくなっているかもしれないけどね! 私は生活が苦しいのよ!!
 両親を亡くして被服で生計を立てるにも限度があるのよ! この田舎の村では!!!
 ふぅと息を吐いて。さて私は何も見なかった。今日も何事もないわねーと呟いた。その時。
コンコン
 無視。
コンコンコン
 むしむし無視。
コンコンコンコンコンコン
 ………。
コンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコン
 ……何これ?
 あ、幻聴か。寝るか。
 よし、寝よう。と、広くない仕事場をあとにしようと――
コンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコン
 ………。
「ちょっと!? なんなのよ!? 騒音妨害よ!!!」
 バン! と扉を開けてわめいた。瞬間に腕を掴まれた。

 そして数分後。

「この誘拐犯ーーーー!!!!」
 馬車の中でありったけの声を出した。掴みかかってきた手に噛み付いた。
「でっこの小娘!」
 私に掴みかかってきた男がうめく。
「聞きしに勝るお転婆だな……」
 もう一人は、私の反対側に座って遠い目をしていた。
「手伝えよ!?」
「嫌です」
 会話しているその合間に、肘鉄を食らわせた。
「助けろーーー!」
「痛そうなのでやめておきます……ぁあ、走ってる馬車から降りるのはあぶっ」
 そう男が後ろで言っていたが、無視した。

 さすがに、痛かった。
 擦りむいたひざやひじといわず全身をさすっている暇はない。脱兎のごとく走り出した。
 だから、背後の会話など聞いていなかった。

「……逃げましたね」
「追いかけろよ!?」
「そうですね」
「ぁあまったく! 王命でなけりゃ」
「しかし、聞きしに勝りますね」
 森に逃げ込んだ娘のあとは追わなかった。行き先など、ひとつだから。

 と思ったのだが――

「いませんね」
「帰ってこないつもりか?」
「さぁ」

「……いた」
 なんで、先回りされたのかしら。ぁあ、馬車だからか。あんな見事な馬なんてはじめてみたわ。
 まったく、なんなのかしらあの誘拐は――ん?
 まったく、“聞き”しに勝るお転婆――
 誰に、聞いたのよ。

「ちょっと」
「あ」
「お帰りなさい」
「ただいま?」
 それって疑問よね。
「なんなのよ。人の家の前で」
「いえ、あなたがローリエ=ヴァルジュですよね」
「違うから」
「“違うと言えばそれが本人”」
「――誰の言葉よ」
「心当たりがありますか?」
「ないわ」
 そんな、ひねくれものには。
「お客以外に用はないわ」
「あなたに用があるのですが」
「あんたが?」
「ぇえ、(多少強引にしてかまわいから)連れてきてくれと言われています。」
「誰に」
「この紋章を忘れたとは言わせませんよ」
「だから、行かない」
 王家に知り合いなどいない。
「それが、こちらも詳しいことは知りませんので」
「そう。さようなら」
 すれ違う瞬間に、がしっと腕を掴まれた。
「多少、強引でもかまわないと言われています」
 “おとなしく付いて来るようじゃ本人じゃない”
 そして、そこまでしか記憶がない。
「うへっ女みたいななりしてすることは相変わらずだよな」
「何がです?」
 首筋に一撃食らって気を失った女を軽々と抱き上げながら言う男。
「お前のほうがよっぽど強引なんだよ」
「行きますよ」
「早!?」

「――!」
 はっと目覚めた。目の前には本を読む男と、あくびをかみ殺すことない男。
「ん!?」
 口が塞がれている。そして腕が縛られているのか、痛い。
「気がついたんですね」
「よくいう」
「何がです?」
「何も」
「んんん!!」
「何か言ってるぜ」
「残念ですね。聞こえません」
「んんーーーー!! ん!?」
「あ、足も縛らせて頂きました」
「ひでぇよな。いろいろ」
「何がです」
「なんも」
「あなたがいけないんですよ。抵抗するので」
「ある意味正しい判断だと思うぜ」
「んーー!」
「静かにしてください。襲いますよ?」
「おい、言うのはいいがあとで任を解かれないように気をつけろよ」
「確かに、聞かなかったことにしてくれます?」
 にっこりと笑顔のうしろに、吹雪が見えた。

 おとなしくしてさえいれば、彼らは優しかった。肝心の、どこに行くのか教えてもらっていない。
 おとなしくしていたので、口を塞いでいたものが取り外された。
「この誘拐犯ーー!!」
「聞きなれてきたな」
「町に入るので、人聞きの悪い事は言わないでください」
「いや、事実だろうけどな」
 のんきに話してるしっていうか店!
「ちょっと! 営業妨害よ!! だいたい店をどうしてくれるの!!?」
「ぁあ」
 今気がついたというように、わざとらしい手の叩き方。
「もう必要ないでしょうが。あとで使いをやっておきます。閉店の」
「勝手に決めるな!」
「決めさせていただきます」
「だからなんで!」
「王命ですから」
「だから! 王家が私になんの用だってのよーー!!!?」

 以下、回想終了。

「ローレル」
 今度は、確信をこめて言った。早々と目の前に立ったローレルが、うれしそうに笑った。私は、ここに投げ込まれた時のまま、床に座り込んで、両膝と両手を床につけたままだ。
 すっと、ローレルがひざをついたので視線が合う。わぁ見やすい。……そう思っていると、後ろがざわついた。
 な、なんだろう……っていうかさっきの男二人! あとで殴る!
「ローリエ、その今から奇襲でもかけに行く表情はやめなさい」
「ふひゃひゃはひゃ」
 ほっぺたをつかまれて引っ張られた。ちょっと! なにするの!!
 手を引っぺがして、ほっぺたに当てる。もう、赤くなったらどーするのよ! そして一言。これ重要。
「気持ち悪いから、普通にしゃべって」
「………」
 ローレルが沈黙した。
「………」
 だから沈黙で返してみた。
「ローリエ」
 あ、しゃべった。
「何」
「相変わらずだな」
「なにが」
「いや」
 しばらく、ローレルが考え込んでいた。ん? と首を傾げたまま私も考える。
 ローレルは、ずいぶんすごい格好だ。重そうなマントに、なんか宝石がついてぎらぎらした杓に、例え雪の上を歩いても水がしみてこなそうなブーツに、マントの下の深い緑色の服は上下おそろいだし。
 ……ん? んん? ………あれ?
 なんか、見たことあるような、見なかったことにしたいあの紋章は……
 頭の上には、なんかかぶってるし、……うん。これって、俗に言う王冠ってものじゃ……
「ぁああああああーーーーー!!!?」
 いや、心の赴くまま、思うままに正直に生きたわよ。
 つまりローレルが目の前にしゃがんでいて、彼が一番私の大声の被害をこうむる事になったのよね。
 

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