シルフィールの導きで
<2>

 私の名前は“ローリエ”そして、彼は“ローレル”わたし達は、昔、同じ孤児院で育った。
 名前の音と響きが似ていて、歳も近いからと、最初は、院長先生がわたし達を引き合わせた。ローレルは、私よりあとから孤児院に入った子だったんだけど、いわゆる、“問題児”だったから。私? 私は、院長先生に他の子を任せるくらいには問題児だったわよ。だからか知らないけど。

 私は、私も、わたし達は、なぜ自分達が親に捨てられたのか、知らない。なぜ自分達だけの親がいなくて、孤児院のみんなで家族となって暮らしているのか、知らない。
 それでもよかった。まだ子供だったから。
 それが、許されているうちは。

 でもローレルは違った。彼は知っていた。自分が捨てられた、一端の理由を。
 だから、浮いた。
 だから、私が院長先生に一緒に遊ぶようにとローレルに引き合わされた時は、大変だった。
 でもきっと、本当に大変だったのはローレルだったみたいで、今でもその話をするとかなり渋い顔をして怒る。
 まぁ誰だって、がけっぷちから湖に突き落とされたら怒るわよね。でも大体の子供はおとなしくなって私の言う事聞く様になるんだけどなぁ。ローレルは違ったのよね。


「……その大声はどうにかならないのか?」
「あんたーーー!?」
 びしっと伸ばした人差し指を突きつける。相変わらず外野が騒がしい。
「……おちつけ」
 ぜぇぜぇと大声を出したおかげで息が荒い。っていうかここまで来たので十分疲労したと言っていい。
「……おなかすいた」
 がっくりとローレルの頭が落ちた。
「だからお前は……」
「何よ」
 っていうかなんなのよ。って笑ってるし。
 なぜか笑い出したローレルの笑い声が大きくなる。
「ちょっと」
 私は楽しくない。
「いや……すまん」
「だから笑ってるし!!?」
 抗議すると、本格的に笑い出した。
「相変わらずだな」
 まだ笑いが収まらないのか、うつむき加減のローレルが顔を上げた。うっとうしそうに目の前に来た前髪をかき上げつつ、困ってなさそうに困ったように笑っている。
 ちょっと、どきっとした。
 おっと、ローレルの瞳がゆれた。はっとして目を伏せた。その間にふっと影が落ちてきた。
 なにと顔を上げる途中で、見えたものを理解する暇がなかった。息が止まる。なのに、心音が早く高く、聞こえてくるようだ。

 ――近い。

 いたずらに、その目が開いた。何が起こっているのか理解する事を拒否した私の顔を覗いて、笑った。
「――っ」
 二度目の絶叫と振り上げた手が、容赦なくローレルの耳とほほに命中した。


「――王、もう少し慎んでいただくべきかと」
「すまん」
「さっきも聞きました」
「すまんと言ってるだろう!? 他に何を言えと!?」
「はぁ」
「ため息をつくのか!?」
「その顔で謁見を続ける気ですか?」
「いや、これはだな……」
 ほほにくっきりと、手形。相変わらず、容赦がなさすぎて笑えてしまう。
「王、人目があります。ついでにのろけるなら私じゃなくて違う……」
「俺を勝手に生贄候補にするなよ!?」
 視線で、男二人が抗議しあう。まったく聞いていないかのように、国王は足を進める。
「王、どちらへ」
「だから、今日の謁見は中止だろう?」
「………」
 開いた口が塞がらないと、彼らは立ち尽くした。



「ずいぶん、みすぼらしい格好ですね」
「そうよ。それで?」
 さて、ローリエは売られた喧嘩を買っていた。
「おやめなさい。王のお客人に何をしているのです」
「侍女長様」
「申し訳ありません。ご無礼をいたしました」
「別に、本当の事だし」
 着古したワンピースの裾をつまみあげる。でもこれ、お気に入りなんだけどね。とは、言わない。
「どうぞ、お召しかえを」
「ちょっと待って、私は服を着替える理由がないわよ」
「……」
「だいたい、なんなの?」
 首を傾げる。
 ひっぱたいて部屋を出てきたのはよかったが、知らない場所で帰り方もわからない。そしたら、あの誘拐犯に捕まってここに放り込まれた。
「それは――」
「まだ着替えてなかったのか?」
「ローレル」
 でた。
「王! ここは試着室です!」
「別に着替える理由がないけど。っていうか帰りたいんだけど」
「ローリエ」
「……なに?」
 いやな予感がする。
 がしっと、肩をつかまれた。どうやら、緊張しているようだ。
「なによ」
 こっちまで緊張する。
「……お前達、下がれ」
 え? ぇえ!? ちょっと! 置いてかないでよ! あ〜〜ぁあ……
 がらーんとした部屋に、二人きり。
「ローリエ」
 何よ! その目は!! やめて! すっごい聞きたくない!
「私はかえっ」
「俺と結婚してくれ」
「いやよ」
「ローリエ」
「なんで私なのよ! あんた王様なんでしょう!? 女の人なんて余ってるんじゃないの!?」
「いや、抱こうとするとお前の顔がよぎる」
 かっと、頬を赤く染めて、蹴り飛ばした。馬鹿にしてるわけ? ぇえ?
「ローリエ」
 一瞬の隙をついて作った距離が、あっさり埋められる。むかつく。
「ローリエ、なんで逃げるんだ」
「当たり前でしょ」
「頼む」
「なんでよ――つっ」
 押し倒されて、さっきの婦人達が差し出してきたドレスがかかった試着室の長椅子に背中が当たる。
 布の感触が心地よい。
 ――違う!
「どきなさい!」
 のしかかるな!
「ローリエ」
「っ」
 なんで、そんなに嬉しそうなのよ。
「ずっと、会いたかった」
 子供の頃、一緒に手を繋いでいた手が頬をなでる。その大きさも、皮膚の堅さも、覚えのないものだ。
「ずっと、ずっと考えていた」
 ただの独白だ。耳を傾けてはいけないと思っているのに、目がそらせない。
「大臣が他国の女性の絵を持ってきても、寝室に女がいても、いつもお前の顔が浮かぶんだ」
 今、すっごい内部事情が垣間見えた気がする。
「変わったのか、変わらないのか。昔のように笑うのか、違うのか。どんな服が似合うのか、それに――」
「――!」
 距離が近づいた事に気づいた時には、もう遅い。重なった唇の荒々しさに、息をすることを忘れた。
 頭が、ぼぅっとする。
「どう、泣くのか」
 至近距離で囁かれた言葉が、頭に入らない。目元がぼやける。
 はっとした時にはもう、胸元の紐が解かれていた。
「ちょっ」
「この青い服はどうだ?」
「は……?」
 ばさっと、頭からかぶせられたのは恐ろしいほど布を使ったドレスで、どう見ても一人で着れそうにない。
「こんなのどう着るのよ」
「手伝うさ」
「出てけ!!」
 叩き出した。
 素直に従うローレルが笑っている。
 子供の頃と同じ、子供の頃と同じ?
 きっとあえて同じにしていたのはローレルの手腕で、子供の頃と同じローリエに勝ち目なんて、なかったんだ。


 女神の名はシルフィーユ、彼女の導きはきっと――
 

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