それは、ただの通過点 2  

「はぁ、まったく。今日は来客が多いし。けが人は来るしで、最悪だね」
 文句を言いながら包帯を巻き、負担がかからないようにシアンを今さっき作り上げた切り株に乗せて一段楽したのか。パキラートは、口を開いた。
「……」
「シアン、君は見るたび見るたび傷だらけだけど、今日のはひどいよ。確かに下で修行してこいとは行ったけど、片足切り落とせとは言ってないよ」
「ごめんなさい」
「わかってるのかい? 傷が深いから、しばらく走れないよ。もしかしたら、もう走れないかもしれないよ」
 シアンは、びくりと身をこわばらせた。
「傷があるのに、何をしていたんだ。すぐに治療しようとは思わなかったのか」
「ごめん、なさい」
 攻め立てる言葉に、シアンは弱弱しく謝った。
「はぁ。まったく。――それで、君がこの国の王女だというのは、本当なのかい?」
「……? なんの話?」
「君のことだろう?『スノーホワイト』」
「……そうよ」
 術の用の言葉で言うパキラートの言葉に、シアンは頷いた。
「変だね。この国の王女は死んでいるはずだ」
「みたいね」
「なのに。スノーホワイト(きみ)はここにいる」
「それ、人違いでしょう」
「人違いを呼び出すと思っているのかい?」
「……思わない」
 真名で呼び出した召喚師の術が間違うとしたら、相手の魔力が強いか、対象者は死んでいるか、どちらか。
「どういうことですか? 国王」
 ここで呼ばれた国王は、先ほどの態度はどこに行ったのか、一度目の呼びかけにまったく反応しなかった。
「……? 国王?」
 パキラートは見ていなかった。正確には見えなかった。
 シアンを治療する間の国王の表情を、国王を呼ぶ間のシアンの表情を。
「どういうことだ!」
 パキラートは、叫ぶ国王の声に含まれた違いを、感じ取った。しかし口を開く前に、国王が力なく言葉を繋げた。
「なぜ、その娘が……」
「シアン? 国王と知り合いなのかい?」
 そういいながら振り返ると、両手で自分の体を抱いたシアンが震えていた。
「シアン……?」
 パキラートは国王とシアンを交互に見据えた。奇妙な、緊張と後悔、それに恐れ――
 何か、あった。
「国王。この娘はシアンです。あなたの娘じゃない。この子が十六年間、どこにいて何をしていたか私は知っています。あなたの娘は、同じ頃城にいたでしょう?」
「いた」
「なら、どういうことでしょうね」
 シアンを見ても、体を震わせるばかりで何も言わない。
 口でそういっても、彼女がスノーホワイトであるという事実は変わらない。
「仕方ないですね。シアン!」
「……ぁ……なに」
「過去見をします」
「え?」
「動かないで」
 パキンと、空間を振るわせる音。額に当てられた手に逆らうことなく倒れこむシアンを支えて、地面に横たえる。
 その場で詠唱を進めて、パキラートは過去へ、飛んだ――



 赤子の鳴き声が聞こえる。それから、二つの声。
「スノーホワイト」
 穏やかに笑う婦人の口から、たった今告げられた名が紡がれる。呼ばれた赤子は眠っていたが、身じろぎをした。
「アクアマリンと呼ぶ」
 婦人の横で、男が次の名を紡ぐ。赤子は完全に眠り――二人は目を合わせた。
「素敵ね」
 微笑んだ婦人に、ほっとしたのか、男が笑う。
「よかった」
「大好きよ。アクアマリン」

(ふむ。どうやらスノーホワイトで間違いないようだな)
 過去に意識を飛ばしたパキラートは若き日のシスルと、その后の腕の中で眠る赤子に目を送った。
 だが、それが今のシアンなのかどうかはわからない。
 ただ、国王の娘の真名が「スノーホワイト」であることは、間違いなさそうだ。
 では、どこで食い違ったのか。
(もう少し先かもしれない)
 パキラートは、先に飛ぼうと、力を集める。と、国王夫妻が部屋をあとにする。国王は政務だとしても、王妃まで。
(ん?)
 入れ違いで入ってきた侍女の様子に、違和感を覚えた。そう、それはたぶん。その瞳の色。
 だが国王夫妻はよく見ていなかった。もとより、侍女は頭を下げている。
 閉じていく扉の中に残されたのは、一人の侍女と、生まれたての赤子――
 顔を上げた侍女が笑う。それはとても、喜びの中にあって異質なものだ。
(!)
 パキラートに緊張が走る。
 侍女が押してきた台車の下から、布に隠れて見えない部分から。取り出されたもの。それはゆりかごの中で眠るアクアマリンと同じに生まれた頃の、赤子。
 まさか――
 過去は変わらないから。忘れて生きていく。
 歪んだ笑顔のまま赤子を入れ替えた侍女が部屋を出て行くのを、パキラートは頭を抱える思いで見送るしかなかった。
「これが――」


「嘘よ!」
 まるで死んだように眠る娘が、突然起き上がった。
「シアン、いきなり起き上がるのはやめなさい」
 瞳を閉じて動きを止めていたパキラートが話しかける。
「うそっ」
 足が引きつるのか、言葉の途中でシアンが足を抱える。だから言っただろうと、パキラートが続ける。
「うそだ……」
 信じたくないと、信じられないと頭を抱えるシアンを見送って、パキラートが振り返った。
 そこにはまだ、国王が、何が起こったのかよくわからない表情をしていた。
「お伝えする事ができました」
「待って!」
 パキラートの言葉に、シアンが叫んだ。それはとてもとても、痛々しいもので、パキラートは首を傾げてしまった。
「シアン? だけどそれが事実だ」
 衝撃を受けたシアンの表情が絶望的に変わる。パキラートは国王に向き直った。
「あなたの娘は、入れ替わっていたみたいですね」
「……なに?」
「生まれて間もない赤子を取り替えても、誰も気がつかないでしょうね。まして、同じ茶色の髪に、緑の目ではなおさら」
「どういう……ことだ」
「一国の王女という肩書きに目がくらんだのか、それともあなたに復讐を遂げたのか」
 可能性は、いくらでも。
「シアンは、捨てられていたのですよ」
 ……狼の餌にでもなれと、思ったのか。
「誰かが、生まれた赤子を取り替えたのですよ」
 さすがの国王も、青ざめた。
「取り替えて、殺したのでしょうかね?」
 王女と呼ばれることになった娘がなぜ死んだのか、殺されたのか、わからない。
 もしかしたら誰かが、王妃になろうと思ったのかもしれない。もしかしたら誰かが、国を滅ぼそうと思ったのかもしれない。
 もしかしたら誰かが、自分の子を王の娘にしようと、偽ったのかもしれない。
「言ったでしょう? 死んではいないと」
 それは、代わり。
 幸か不幸か、本物(スノーホワイト)は生き残った。
「ここにいるシアンがあなたの本当の子で、死んだのは偽物ですよ」
 だから、いくら召喚術を駆使しても、現れない。天界から魂を呼び起こすのと、今いる人間を転送するのではわけが違う。
 絶句した国王と、魂がぬけてしまったかのように座ったまま動かないシアン。パキラートはその間に流れる空気の冷たさと微妙さを感じ取ったのか。ため息をついた。
「ひとまず、帰りましょうか」
 辺りは、夕闇に包まれつつあった。



 質素な館に戻って、足の悪いシアンを部屋に押し込む。
「夕食は?」「いらない」という当然でお決まりのような会話をして、近くの湯治に行けといいと言いながら、行けるのかい? と問いかける。すると、それくらい平気と言う。
 確かに、それくらいは平気だろう。体を動かすだけだから。
 聞きたい事はいくつもあるが、相手が違うと部屋を出た。どうあっても話が出来そうではなかったから。
 それに、一番聞きたい事は違う人間に聞く。

 出せる夕食もほとんどないと嘆けば、それくらいどうでもいいと返事が返ってくる。期待していた通りに。
 まだまともな客室と呼ばれていた場所に、足を踏み入れる。
 退散する幾人もの兵士を見送って。国王と、その側近と二人。
 どうしてこう、上層の人間というのは誰かと二人きりになろうとはしないのか。できないのか。
 そこまでしなければならないほど、大切な人間だとは思えないが。
「国王」
 国王は、パキラートの言葉を恐れているようだった。
「あのシアンの足の傷に、心当たりがあるようですが。返答しだいでは容赦できませんよ」
 国王は、ひどく驚き、落ち着きを失った。
「あれ、は――」
 あのシアンの怯えようも、尋常じゃない。
「あの娘は……召還師だろう」
「ええ。それで?」
 言葉を、止めるのは許さないというように、パキラートが攻め立てる。
「だから、……最初、あの娘にやらせようと」
「拒んだのですね」
「そうだ」
 そうだろう。あの子の方が、私よりも召喚術について思い入れは強い。というか、そう教え込んだ。
「頼んでも断るので――」
 国王は、その先を言葉にするのを恐れているようだった。だが促した。
「わしは、どうしても娘に会いたいがために……あの娘を捕らえるように命じた」
「なんと?」
 国王は何度か口を開きかけ、言葉があるという事実をここまで始めて悔いた事はないというように、視線を向けた。
「なんと、命令したのですか?」
 だが、パキラートは引かなかった。
『なんとしても捕らえよ。足を狙え。必要なのは頭と口。それに腕だ――』
 国王の口から出た言葉は、同じでも。そこにこめられた感情が違う。だがそんなもの、もう意味はない。
 パキラートは、眉ひとつ動かさず言葉を聴き、口をつぐんだ。
 罵ることが相手にとって苦痛を軽くするものだと、よく知っていたから――
 

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