それは、ただの通過点 4  

 黙りこんだ国王を見たパキラートは、これまでにないほど静かに、ため息をついた。
(こんなものか)
 一国の王だと言っても、できることなど限られている。まして、あの弟子にしたこれまでを考えれば。
(どうしたものかね)
 あれだけシアンを追い詰めるぐらいだ。本当に娘に会いたかったのかもしれない。
 そかしその途中で、その娘をまさか追い詰めていたとは思いもしないだろう。
「償いを……」
 うわごとのように、国王が呟いた。
「シアンにしてみれば、放っておいて貰うのが一番ですよ」
 はっきりと、言い切った。
(しかし、苦しいね)
 あの足だ。これまでのように各地を回って仕事をするわけにはいかないだろう。
(どうしたものか――)
コンコン
「はい?」
 パキラートが無粋だといらついて、扉を開ける。そこにいたのはぼんくら国王の側近と、その腕に早く抜け出したいという表情でシアンが。
 差し出されたシアンを受け取って、抱き上げる。ひしっとしがみつかれる。そんなに怖かったのかとよしよしとあやす。
(ずいぶん、甘くなったものだ)
 もともと、弟子は取らないつもりだったのだ。なのに泣いていた。生きたいと泣いていた。
 あの時、魔術の素質を感じた。
 しかし赤子の面倒など見られないので、孤児院に預けた。六歳になったら引き取る約束で。
 こんなに大きくなって。
 各地を旅するのだ。満足でいられなくなることもあるかもしれないと、心配していた。
 それが、これで――
「国王。シアンと話がしたいので、席を外してもらえますか」
 有無は、言わせない。




 シアンを椅子に座らせて、パキラートは向かいに座る。
「シアン、本当の所を話すよ」
 師匠と、シアンが声を返した。
「その足では、ここで生きてはいけない」
 涙腺が緩んだままなのか、泣き出しそうに顔をゆがめてシアンがパキラートを見つめる。
「わかっているだろう。この屋敷の構造を。まして山の中だ。満足に歩けないのに、斜面ばかりだ」
 聞きたくないとシアンが首をふる。必死で。
「王宮なら平らだし、面倒を見てくれる人はたくさんいる。それに医師も。元通りにはならなくても、ある程度動くようになるだろう」
 医術の知識はまったくないと、パキラートが自嘲する。
「――いや」
 かすれるような声で、シアンが言う。
「ならどうするんだ? その足で」
 追い詰めたいわけじゃないのに、追い詰めて攻め立てるような言葉だった。
「……ししょ……が、私の面倒を見ないのは知ってる」
『君もそろそろ一人前なんだから、もうここに居座っていては駄目だよ。本来魔術師は、一人なんだから』
 そう言って、パキラートはシアンを送り出した。
 それは、こんな形で戻ってきていいという言葉ではない。
「師匠」
「私は、親という人種は嫌いなんだ」
「……はい」
 唐突な言葉に、シアンは目をぱちくりとさせながらも頷く。それは、嫌というほど知っている。
「だから決めるのはシアン、自分で決めなさい」
「師匠!」
 部屋を出ようと足を進めるパキラートを、シアンは必死で呼び止めた。
「なんだい?」
「ここにいても……いいの?」
 その一言に、心底呆れたようにパキラートは答えた。
「そう言っているだろう。だけど、ここでは君の足を治してはあげられないんだよ」
「師匠……」
 シアンが、泣いた。
「私は親という人種は嫌いだけど、もしかしたら、彼らは本当は、戻ってきた娘に優しくするのかもしれないだろう。だからそれを、証明しておくれ」
「……うん」
「君の家はここだよ。気に入らなければいつでも、帰っておいで」
 ただその足では生きて行けないんだ。だから、せめて支障ないくらいまで回復してから。
「つまり……捨て駒?」
 さすが私の弟子だねと、小突かれた。



「――わ」
 長い長い道のりを馬車で移動した。ずっと座りっぱなしもきついが、合間合間に休憩が入った。
 足はまだ、鈍く痛んだまま。
 山を下って、森を通って、谷を通って、町を進んで。
 たどり着いたのは、白い塔がとても印象的。それこそ、物語で出てきそうなお城。
「なんて、感動する要素もないわね」
 この国に滞在した時間はかなりある。最初こそ田舎もの丸出しで見上げていたが、今となっては、見慣れてしまった。
「慣れって……」
 慣れと、いえば、だ。
「シアン、何をしている」
「はぁ」
 振り返って、気のない返事を返す。遠くから、でもすぐそこ。つかず離れず……触れるに触れられずというように国王が気を使っている。
「おかしいわよ」
「何が」
 逐一、反応する相手がいるというのも、煩わしい。
 護衛なんだか、常に数人は目に見える範囲にいる。これが城内(ここ)で改善されてほしい。
「でも、どうなの?」
 期待できるのか?
 それは無理だろう。


「シアン様」
「リーフ」
 師匠の屋敷を出て、馬車で移動を始めてすぐだ。途中の町で二人の女性が加わった。リーフとナジャだ。私より年上の二人はこの微妙な空気をひしひしと感じながらも動きの鈍い足を気遣ってくれた。
 正直、息がつまる思いをしていたのでほっとした。
 それでも彼女たちが時折、「姫」という単語を伏せるように使うことを聞いている。
 与えられた部屋で暖かいお茶を口に運ぶ。これまでも、本当に旅をしているのかと疑うほどの贅沢をしていたが、比にならない。
「医師が参りますので、よろしいですか?」
「まぁ……」
 断る理由が見つからず、足をさする。
 鈍く痛む足の痛みは、今は治まっている。馬車で揺られている途中で熱を持ち、高熱にうなされた事も記憶に新しい。
 時折、歩く事も辛い。熱くて熱くて、眠れない時もある。
 そして、うなされる事も。
 あの男は、レグホーンと呼ばれていて、いつも、国王の後ろにいる。私の元に国王がいる時はかなり距離を取っているが、たかが知れている。
「――……」
 視線が、窓の外を追う。
 例えば、この足が戻ったとして、私は戻れるだろうか。
「シアン様?」
「! なんでもない」
 恐る恐る、リーフが声をかけてくる。いつもそうだ。時折、私がこの足の事とここにいる事に矛盾を感じてよくない事を考えている事を、彼女達は感じ取っている。

 診察した医師の言葉は、かろうじて立っていられた場所を砕くのに、十分だった。



 逃げるように彷徨う広い城内。知った場所も知り合いもいない。堅い石が詰まれた壁、武装した兵士。あわただしく動き回る侍女達。
 声も出せない、無機質で不気味な、空間。
 支えていられない。支えられない。――怖い。
『もう、走ることは出来ないでしょう。そして』
「歩き続けなければ、動かなくなるでしょう」
 あの斜面の続く山の中で、生きて行けない。生きるために走らなければならない場面が幾度、あると思っているのか。
 ここにいれば、守られて生きていける。王の娘という地位に浸れば、いくらでも。
 この、暖かさを持たない城の中で、なら――
 ズキと、痛む足に顔をゆがめる。痛い。歩く事が途中でままならなくなるほどに。
 もう遅いのだと、医師は言った。あの時、すぐに、なぜ、治療しなかったのか。傷ついた腱が戻るように、なぜ。
 答えは、ひとつだ。
(私は、逃げて――)
 動かぬ足を引きずって、はってでも。
(だって、それは)
 子を捨てた親が、会いたいと勝手な事を言うから。召喚師(わたしたち)を、求め、利用しようと、するから。
『スノーホワイト?』
 それがまさか。
(私だったなんて)
 そんなこと。
「知りたくなかった」
 何もかもがいびつで、ぐちゃぐちゃで、引き裂くように、抉るように走り回る。
 苦しくて、悲しくて。
 額を押さえてよろける。足に力が入らない。ぶつかった壁に寄りかかるようにずるずると座り込む。
 もう何もかも、戻らないのだ。

 確かに戻らないかもしれない。そして戻れないと思い込んだのは、彼女の心だ。
 

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