それは、ただの通過点 5  

「足は、」
「無理ですな」
「どうにかならないのか!」
「王。何事も初期治療に意味があるのです」
 怒りをぶつけられて処罰を受けられるかと覚悟しながらも、毅然とした態度で医師は言った。
 途端、怯えるように口を閉ざした国王に、医師は驚いて口を閉ざしてしまった。
 部屋の中に凍りつくように沈黙が降りる。
 結局、あの姫はどこで傷を負ったのか医師は知らない。
 沈黙の流れを感じて、受け止めて、医師は声をかけた。
「王。出来る事は尽くします。しかし」
 医師の言葉は、王が望んでいたもののはずだった。なのに王は頭に手を当てたまま、動けない。
 そのために、いや娘に会うために。
 これであの子は、ここから逃れることは出来なくなったじゃないか。文字通り、その足を奪って。
 これで逃げる事はないと、喜べばいいじゃないか。国王の頭を駆け巡り囁く声。
「違う」
「王?」
 何が違うというのだろうか。望んだ結果じゃないか。



 夕暮れが近づいてきて、リーフが駆けずり回って私を探していた。歩けなくなってしまったと勤めて明るく言うと、どうして言いのかわらかないというようにリーフの顔が歪む。
「姫様」
 今度は、私が顔を歪める。あわてて言い直すリーフ。
「シアン様」
「おなか、すいたわ」
「はっはい!」
 あわててかけていくリーフ。その様子を見送って、重い脚を動かす。走り去っていくあの子の、眩しい事。――?
 と、視界の向こうでリーフがうなだれている。あれはナジャだ。なにあれ? 説教?
「ナジャ!」
 歩いて距離をつめようともたかが知れている。かすれた声が聞こえたのか、ナジャが振り返る。そして、リーフの顔が怯えたように引きつる。
 ナジャの指示があったのか、リーフは足早に城内に戻っていった。
「シアン様。申し訳ありません」
「……いったい、どうしたの?」
 息を切らせてナジャに話しかける。こちらに彼女が近づいてきてくれたので、助かった。
「城内で走る事は禁止です」
 あまりに真面目腐った顔で言うので、一瞬なんの事かわからなかった。そして、噴出した。
「あは……ナジャ、面白いわ」
 あははと、お腹を抱えて笑う。この真面目な顔で真面目に言うだけに面白い。腹を抱えて笑う。
 だけど痛々しそうな表情で私を見るナジャは、ついに笑うことはなかった。
 別に、泣いたりしないわ。


 疲れた。と呟いて廊下の壁に身を傾ける。
 疲れるのだ。
 何よりも、神経が。擦り切れてゆく。
 まっすぐ、玉座という名の場所まで迷わずたどり着ける道は目の前にあるのに。
 そんなものほしかったわけじゃないのに。なんでここにいるのだろう。
 何をしてるんだろう。
 ずずずと足を折って座る。
 冷たい。
 足が痛い。
 重い。
 足をかかえて、頭を抱え込んだ。
 なんで、前を向いて歩かないといけないのだろう。
 ふっと、蔭った。
「――……?」
 暗い?
 のろのろと顔を上げて、ひっと息を飲んだ。
 とっさに動いた体は、しかし壁に強く打ち付けるだけに終わる。
「いっ――っ――」
「……姫」
 中途半端に伸ばされた手が止まったまま。
 互いに、動けない。
「すみません」
 と、彼が距離を取った。
 その腕が絶対に届かない所まで距離が離れた所で、少しだけ息をついた。
 何をしているのだろう。
「触らないで」
 ああそうだ。

 どうして、忘れていたのだろう。



「シアン様!」
 のろのろと歩いているので、すぐにつかまった。
 無視した。前に立ち塞がれた。
「どいて」
「シアン様!」
「少しだけ! 国王様が来ますから!」
「なんで?」
「シアン様!」
「どいて、リーフ」
「シアン様」
「ナジャ、なに――」
 国王が、来た。
「シアン……どこへ」
「関係ないでしょう」
「シアン」
「足が治らないのなら、ここにいても意味がない」
「どこへ?」
 一瞬、言葉につまった。
「その足で、山へ?」
 かっと頭に血が上った。
「ふざけないでよ!」
 大きく叫ぶと、はっとしたのか国王が口を閉じた。それを最後まで見ないで、歩き出した。
「シアン!」
 今更、じゃない。そうよ少し前まで、召喚の術を頼りに修行していたじゃないか。辿りつた先で働いて、外を、世界を、見ようと。
 修行だと。
 必死に歩いても、すぐに走ってきた影に前を塞がれる。押しのけるように歩いて、進んで。
 ああと、何かが当てはまった。
 そうだ、私は――
 ぐらりと、傾いた。あれと思う間もなく、よろける。
 遠くで叫ぶように悲鳴が上がる。呼ばれているのは、自分の名前で――



「王」
 うろうろと落ち着かず、歩き回る国王に声がかけられる。
「あ、ああ」
 はっとしたように一度足を止めて、また歩き回る。
 体を支える事ができなくなるほど神経をすり減らして、どこにぶつけたらいいのかわからないとどうしていいのかわからないと……
 過去は戻れない。変わらない。



 目を覚ますと、泣き出しそうに目を潤ませているリーフと目があった。
「……」
「シアン様ーーー!!!」
「リーフ、黙りなさい」
「……はい……」
「ナジャ?」
「はい」
 まだ、城の中だ。
 出て行こうとして、大騒ぎして、……倒れた?
「ばかみたい」
「シアン様」
「出てって」
「シアン様」
「出てって!」
 ここにいたらもう、何も変わらない。


 暗闇に混じって、空を見上げる。
 走れないといっても、歩けないわけじゃない。
 ひゅぉおおと風が吹き付けるバルコニーで、ごくりと息を飲み込んだ。
 柵を乗り越えて下に向かう。足元がおぼつかない、手は、離さない。
 ここにはもう、いたくない。
 柵をつかんでいた手を放して、下ろうと――
 腕を、捕まれた。
 驚いて見上げる。
「放して」
「できません」
 軽々と持ち上げるように身が浮く。すたんとまた足を置いて、立つ場所。
「どうして!」
 すると当然のように、隣の窓を示される。あの向こうのバルコニーにいたのだろうか。
 いらいらする。
「なんなの」
「――王が」
 手渡されたものは――重く。硬貨が鳴りあう音が、耳障りで。床に叩きつけた。――それから、拾った。
 何も、言われなかった。
 だから何というほどのこともなく、歩き出した。
 なぜだったのだろう。師匠が言っていた、期待したいという言葉を思い出したのかもしれない。
 扉を開けると、リーフとナジャがいた。目も合わせることなく、歩いた。
 出口までは、わかる。
 何人もの兵士と、侍女とすれ違って、そして――

 迷わず城門に向かう。途中で。ふっと、背後を振り返った。
 テラスに、見える影。
「国王」
 もう、何も言わないのだろう。だからこそ、あそこにいるのだろう。
 もう二度と、振り返らなかった。

 さようなら。



 砂を踏んで歩く。足音が響いて、踏み出した分だけ進む。
 どこへ、行こう?
 また、修行に行くのと同じだ。
 この足でどこまでいけて、どんな事ができるのかまだ、わからないけれど。


おわり
 

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