降り遅れた雪のなごり


 僕が拾ったのは、手のひら台の着物の女の子。
 自分で自分の事を“ユキ”という生き物? だった。

「あのね、ユキは“雪降り女”なの」
「ふぅん」
 興味など、あるようでなかった。
「一人前になるために、雪を降らさないといけないの」
「……もう春だけど?」
 ここではもう桜が満開に近づいている。雪を降らすなら、もっと北国に向かうべきだ。
「だって、ユキの担当はこの地区なんだもん……」
「それで、今年は一度も雪が降らなかったのか」
 冗談のように言うと、途端にがたがたと震えだす。
「やっぱり降ってないよね」
「そうだね」

 気がついていなかった。雪降り女の役目を、なぜここにユキがいるのかと言うことを。




「……ユキーー? ユキーー?」
 そしてある日、ユキは目の前からいなくなっていた。
「どこに行ったんだよ」
 好物の金平糖をいくつも買ってきたのに、だ。
「ユキー?」
 がらりと、窓を開け放つ。春らしくない雨風。
「さむぅ」
 窓を閉めよとして、絶句した。
「――雪降り女は、いなくなってしまったのですね」
「……え?」
「彼女は今年が最後のチャンスだったのに」
 まるで雨のような女は、風にのって飛んでいく。
「待てよ!」
 傘も持たずに、追いかけていた。

ザ―――

 公園は薄暗く、誰もいない。
 ここに入ったはずだと女を追いかけてきたが、見失ってしまったようだ。

「……雪降り女を一人、知っているかい?」
「ぅわっ」
 突然、背後にたった男の気配に驚く。この雨の中、ぬれてもいない男に驚く。
「彼女はこの町に雪を降らさなければならなかった。雪降り女の役目は雪を降らせること。それができなきゃ死んじまう」
「――!? 嘘だろう?」
「お前は、その雪降り女がどこにいるのか知っているか?」
「それは……」
「哀れな雪降り女は、雪を降らすことはできないのさ。今の、この環境では、ね」
「温暖化」
「人はそう言うそうだな」
「“人”?」
「まぁよくあることさ。このまま消えていなくなっていくだけさ」
「――どうなるんだ?」
「知れたこと、雪が降らなくなるだけ」
「そんな」
「弱い奴は死んでいくのさ」
 男はそう言って、手を振りながら歩き去った。男の姿が見えなくなる直前。風が横殴りに吹いてきて雨が体中を叩きつけた。

「ユキ……」
 どこに、いるんだよ―――





「あ、雪ね!」
「そうだね」
 こんな雪の日は、思い出す。
「積もるかなぁ」
「積もると、いいな」
 あの昔、自分の事を“ユキ”と呼んだ雪降り女のことを。

 あれから毎年、必ず雪は降っている。必ず。

「この雪は、誰が降らせているのかな」
「……?」
「どうしたの?」
「なんか、ロマンチックな事を言い出すから」
「そうか?」
「どうしたのよ! もしかして昔の彼女の事でも思い出した!?」
「―――そんなものかな」
「なっ!?」
「なんてね」
「ちょっと!」
「また明日!」


 きっと、この雪を降らせているのはユキではないんだろう。

 だけど、

 雪の降るこの日は、あえるような気がするよ。

 ユキ。






Free Will